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毛沢東と林彪 (ドキュメント 中国文化大革命)
strong>本, 厳 家其
によって 厳 家其
4.7 5つ星のうち2 人の読者
ファイル名 : 毛沢東と林彪-ドキュメント-中国文化大革命.pdf
ファイルサイズ : 24.05 MB
内容(「BOOK」データベースより) 「文革」とは一体、何だったのか。1965~1976年までの中国文化大革命の真相を、世界で初めて描き出した幻の書『文化大革命十年史』。中国で一般発売が禁止された衝撃の同書、遂に邦訳。
以下は、毛沢東と林彪 (ドキュメント 中国文化大革命)に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
草森紳一さんが書いた名著『中国文化大革命の大宣伝』上巻で、参考文献として取り上げられていたので買って読んでみた。私は中国人が書いた歴史書というものを初めて読んだが、そのあまりの政治性に、正直、辟易するとともに、「これが全てに政治が優先する国家というものか」という思いを強くした。本書は、いわゆる「歴史」を客観的に論じた本ではない。極めて偏向した特定の政治的立場から、特定の人物を「悪魔」「絶対悪」として、その悪行を白日の下にさらし、糾弾し、非難し、攻撃する。ただそれだけの為に書かれた本である。本書で取り上げられる「悪魔」の第一は林彪である。林彪がどのような形で中国共産党内で台頭し勢力を拡大し、やがて中華人民共和国を「建国」した「英雄」、毛沢東の暗殺を企て、それに失敗するとソ連への亡命を決意するも亡命に失敗し妻を含む一族ごと飛行機が墜落して死ぬまでが描かれている。林彪が最初に狙いをつけたのが劉少奇とトウ小平である。毛沢東がしでかした大失策「大躍進」の尻拭いをすべく全国を奔走するのだが、その結果、毛の権威が地に落ち、劉少奇に人望が集まるようになると、これに毛が嫉妬して、何とか劉少奇を権力の座から引きずり降ろそうとして利用したのが、たまたま北京で発生した学生の造反、紅衛兵運動である。しかし、本書は紅衛兵運動そのもの推移については、あまり詳しく書かれてはいない。本書の記述は、もっぱら宮廷内の権力争い、即ち、林彪と、彼に従うグループ、更には林彪と連携しつつ劉少奇を追い落とすことに血道をあげる江青を筆頭とする「四人組」の策謀と行動に焦点が当てられている。狙い通り劉少奇を権力の座から引きずり降ろし、それだけでは飽き足らず彭徳懐、彭真らも血祭りにあげて、彼らを拷問しいびり殺していく様は「凄惨」の一語に尽きる。「人間とは、ここまでに残酷になれるのか」と暗澹たる気分にさせられる。しかし林彪の野望は、毛沢東に次ぐナンバーツーの地位をゲットしただけでは満たされなかった。彼は、何と、毛沢東を殺してでも権力を独占し、名実ともに中国の権力の頂点にたって、絶対権力を掌中におさめたいと渇望するようになるのである。中国のナンバーツーと言えば大出世である。それで十分ではないかと並みの人は思うが林彪はそうは思わなかった。理由は、どうも、出来ない息子林立果にあったようだ。自分が死んだら息子はどうなる。息子にも幸せな人生を歩ませたい。それには絶対権力握った上で権力を息子に譲る「林王朝」を作る必要がある。林彪及びその妻の葉群はそう考えたのだ。その為に、まず邪魔になったのが、毛沢東のそばで外交を差配する周恩来で、林彪は江青らと組んで周恩来追い落としを画策する。しかし、林彪は、結局周恩来との闘争に敗北し、ソ連との連携強化を主張した林彪の外交路線は退けられ、周恩来が主導した米中国交回復が実現し、戦後史を画する歴史の歯車は、ここで大きく回転するのである。焦ったのは林彪である。外交路線で敗北した以上、もう普通の手段では絶対権力を握れない。そこで彼は毛沢東の暗殺を考えるようになる。「日本軍が張作霖を暗殺したように、鉄橋を爆破して列車ごと毛沢東を吹き飛ばす」「100ミリ高射砲で毛沢東が乗った列車を砲撃する」「火炎放射器を用い、ロケット砲で毛沢東を撃つ」「毛沢東の乗っている列車に殺し屋を乗り込ませ、ピストルで射殺する」などのプランが検討されるが、すんでのところで陰謀を察知した毛沢東はスケジュールを急きょ変更し、はやばやと北京に戻ってしまう。こうなると、もう逃げるしかない。最後の一章は、まるでアメリカのアクション映画のごときスリルとサスペンスに満ちた展開である。最後は林彪の乗ったトライデント機がモンゴル国内で墜落し(この墜落については、いまに至るも全てが謎とされている)、広州方面に逃げようとした林彪一派、黄永勝、李作鵬、邱会作らは続々と逮捕されることで上巻はジ・エンドとなる。その後、逮捕された林彪一派は逮捕され、裁判にかけられ、国家反逆者として辺境地での強制労働に従事させられたという。本書が出版された1987年は裁判が結審した1981年から6年を経ているが、なお、強制労働中であったと記述されている。高齢の反逆者にとっては、さぞ厳しい刑罰であることだろう。本書は、中国の社会科学院政治研究所所長だった厳家其氏及びその夫人が1979年から1986年にかけて「既に歴史となったという立場から、文化大革命発動の原因を追究し、再びこのような誤った文革が起こらないように」という意図から、およそ10年にわたる中国文化大革命の歴史を克明に再現した。この本は『文化大革命10年史』として天津人民出版社で1986年9月、初版50万部が印刷されたが、印刷に先立ちその抜粋記事が上海や香港の新聞に連載され、早くから評判を読んだという。とくに香港の「大公報」は1986年9月から80数回もの大連載を続けた。本書はこの大公報の連載記事からさらに抜粋しドキュメントとして再構成したものである。ただ、幾ら、一方向に偏しているとはいえ、いわゆる「語るに落ちる」という部分があって、謎の大国の内部事情、とりわけ絶対的な権力を握る中国共産党の内部で展開された凄まじいばかりの権力闘争の一端を垣間見ることが出来るという意味では、本書は貴重な資料である。その後、本書は一般販売が禁止されたという。それだけでも本書は「中国にとって都合の悪い情報」に満ちていることがうかがい知れる。よく「中国は凄い。彼らは我々日本人より遥かに長い悠久の歴史を持つ偉大な民族であり、常に長期的視野に立ち、長期的な計画に従って着々と布石を打ち、物事を進めている」としたり顔で語る自称中国通がいる。その手あいが語る「偉大なる中国の悠久の歴史観論」が全くの大ウソであることが、本書を読むと良く分かる。彼らは長期的視点なんか、実はまるで持っていない。持っているのは「権力に対する執着」「金銭に対する執着」、ただそれだけである。これがばれると「なーんだ」となってしまうので、この「本当の中国人の姿」が外国に知れないように徹底的に事実を隠し、情報を統制し、事実実態とはまるで異なる「大宣伝」を繰り出しては外国人をたぶらかし恐れさせる。これが中華人民共和国を牛耳る中国共産党の情報政策の本質である。本書を読んで、この私の「仮説」が正しいことがほぼ証明されたのではないかという思いを強くした。
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